書籍の概要と書評リプライ

吉田

国立社会保障・人口問題研究所

2025-09-08

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自己紹介

  • 吉田 航


書籍の概要

背景情報



  • 社会学、とくに階層・不平等研究の枠組みで、企業の新卒採用を捉える

概要


  • 対象:国内大企業の新規大卒者採用(2008〜2016年)
    • 現在の労働市場における、もっとも「良い」席 (有田 2016)
  • 分析視角:不平等に対する組織的アプローチ(Organizational Approaches to Inequality)
    • 「誰がどんな席につくのか?」を問うてきたオーソドックスな不平等研究に対し、「良い席はどのように分配されているのか?」を、企業組織の視点から明らかにする
  • 扱う不平等の種類:ジェンダーを中心に、学校歴障害の有無
  • 方法:企業調査データの計量分析
    • 東洋経済新報社の「就職四季報」「CSRデータ

二段構えの構成



  1. 不平等研究への組織的アプローチの導入
  2. 新卒採用における不平等の具体的なメカニズム


を分離可能な貢献として位置づけ

従来の不平等研究におけるミクロマクロリンク




マクロな不平等を

  1. 個人レベルの要因(選好、期待)
  1. 社会レベルの要因(文化、規範)

のどちらかに依拠して説明

「組織のふるまい」の不在



しかし、

  1. 不平等の結果である地位達成は、雇用関係に大きく規定され、
  2. 雇用関係は、多くの場合、労働者(個人)と企業(組織)の間に成立し、
  3. 自営層の減少は、雇用関係が社会全体の不平等に与える影響力を高めている

にもかかわらず、

  • 雇用関係におけるもう1つのアクターである(企業)組織のふるまいは、不平等研究でほとんど顧みられてこなかった

施策・慣行、管理職層、文脈に応じた異質性

  • 組織の特徴に応じた「ふるまい」を観察することで、新卒採用において不平等が生成・維持されるメカニズムの一端を解明

各章の知見

4章:訓練可能性と学校歴


  • 大企業のなかでも、訓練可能性をとくに重視している企業で、いわゆる上位大学からの採用が多くなっている?
    • ①技術職採用を行っていない企業、②平均勤続年数が長い企業で、より訓練可能性を重視した採用を行っていると予想


  • ①②を概ね支持する結果に

5章:女性管理職と新卒女性の採用・定着


  • 変化の担い手仮説:女性管理職比率の増加が、社内のジェンダー不平等を改善
  • 機械の歯車仮説:必ずしもジェンダー不平等の改善にはつながらない


  • 分析結果は、概ね機械の歯車仮説を支持
    • 採用:上位・下位管理職ともに、女性採用比率に影響みられず
    • 定着:下位管理職の女性比率は、定着の男女差をむしろ拡大。上位は縮小

各章の知見

6章:ダイバーシティ部署設置の効果


  • ダイバーシティ専任部署の設置が実際の雇用行動に与える効果は?


  • 女性管理職比率・女性採用比率・障害者雇用率のいずれも高めておらず
    • 施策からの脱連結を示唆
  • ただし、女性役員比率が一定水準以上の企業では、部署設置が女性管理職比率を高める
    • 女性採用比率では確認できず

7章:WLB施策と企業の経営状況


  • WLB施策が充実している企業は、女性採用にも積極的?
    • 企業の経営状況との関連は?


  • WLB施策の充実は、女性採用促進にはつながっておらず、
  • 業績が悪化すると、そうした企業で女性採用がむしろ抑制
    • 施策の利用コストに関する統計的差別を示唆

知見のハイライト

  1. 平等化(施策)の効果の限定性
  • 雇用の平等化を意図した組織施策は、しばしば意図した効果をもたず、ときに逆効果につながることも
    • 女性管理職比率の意外な効果(5章)
    • ダイバーシティ部署の限定的な有効性(6章)
    • WLB施策の充実がときに女性採用を抑制(7章)
  1. 新卒採用に固有の硬直性
  • こうした効果の限定性は、とくに新卒採用において現れやすい(=硬直性)と解釈
    • 数量的には柔軟、しかし質的には硬直
    • 長期的なコミットメントを前提とした「リスク回避的」な採用傾向の帰結として

「単線的な平等化」図式の解体

  • 以上の結果は、「不平等な企業から平等な企業へ」という単線的な平等化図式にも修正を迫る
    • 組織による雇用資源の選択的分配?



方法論的な企み?野心?




  • 社会学の計量研究において、私が考える望ましいattitudeを、パフォーマティブに示す、というメタな企み
    • 賛否を織り込み済みで
    • 伝わる人には伝わればいい、というスタンス

方法論的な企み?野心?

  1. 結果の解釈
  • 現在の日本語圏の社会学ジャーナルにおける解釈の水準から一歩(だけ)踏み込む
    • データや観察結果から離れないギリギリを攻める
  1. 再現性への姿勢
  • 新規データでの追検証と、その結果を踏まえた統合的な解釈を示す(7章)
    • 「再現失敗」へのpositiveな対処の例を、遂行的に示したかった
  1. 方法を開く
  • 「不平等に対する組織的アプローチ」を個人技にしないことはとても重要
    • データの収集方法(3章)や分析の限界を、可能な限り丁寧に記述(p. 187)

服部先生へのリプライ

論点1:問いA, Bと実証分析の距離


  • 「問いA以上」に関しては全くその通り。
    • 「機会の不平等」に着目する以上、記述的な女性採用比率以上のものを見たい
  • 問いB:「「良い席」はどのように分配されているのか?」の「どのように」とはいかなる意味か?
    • メカニズムの直接性と網羅性
      • 直接性を重視:個別企業の採用実態、サーベイ実験
      • 網羅性を重視:(多くの)企業単位調査データの分析
    • なぜ網羅性を重視したんですか?
      • 不平等研究者への投げかけ

論点2:良い席=大企業のポストか?


  • おっしゃるとおり、「良い」席であることと、大企業であることは、近似
    • この近似は分析戦略において重要:個人の選択を腑分けしやすくするために
    • そして、この近似が今後甘くなるだろう、という見通しにも同意


  • ただし、そのタイムスパンについての見通しは服部先生よりも緩やかかもしれない
    • 「社内の雰囲気が良い」を求めない人は…?

結婚相手に求める「人がら」


論点3:代理指標の適切さ

  • 技術職採用における人材のscarcityはまったく納得。解像度が上がった部分
    • 「訓練可能性」が効いている、ではなく、①技術職のロジックと事務職のロジックがあり、②そのProportionが技術職あり企業となし企業で異なる、という整理のほうが正確だった
  • 平均勤続年数は、就業者の選択か、企業のポリシーか?
    • ご指摘のとおり、両者の混ざり合い
    • ただし、「就業者の選択の結果を織り込んで、企業のポリシーをadjustする」という側面はあるだろうとも
      • 「平均勤続年数の長さ -> より長期的な訓練に調整 -> 訓練可能性理論をより重視した採用」
  • Y の選択性を気にしていたが、Xの就業者の選択への混入はもっと気を配れた
    • あまり問題なし?:平均勤続年数、D部署、WLB施策、企業業績
    • より重要?:技術職採用、女性管理職比率

論点4:「結果の不平等」から「機会の不平等」を取り出す?


  • 「結果の不平等」でやったらええやん
    • 宛先を階層・不平等研究者に設定したため
    • そうでなかったら、もっと理論負荷の低い戦略を取れたし、取るべきだっただろう


  • 「サーベイ実験でやったらええやん」「個別企業の人事慣行を見たらええやん」
    • 最終的なマクロな不平等への投げ返し
    • 協同、ないし、分担を、もっと真剣に考えるべきだろう
      • MIT Slaon的な研究

発見事実としての意外性に依存した戦略?


  • 今回の分析戦略は、結果の意外性に依存した戦略だったのかも
    • 服部先生へのツッコミは第4章:もっとも「自然に」解釈できる章
      • 「自然な」解釈 = 就業者の選択を容易に想定できる
      • 「意外な」結果 = 就業者の選択では(ストレートには)説明できない
  • 結果の意外性は、このアプローチにとっては、不可分の要素だった可能性
    • これは「アプローチ」にとってはよくないこと

筒井先生へのリプライ

本書の意義


  • 不平等への組織的アプローチ」の意義への評価は大変ありがたい
    • 不平等研究における orthodoxy としてのミクロ(個人)―マクロ(社会)リンク
      • そこで不可視となる(企業)組織のはたらき
    • たとえば 今井 (2021) 『雇用関係と社会的不平等』も、オーソドックスな階層・不平等研究と、小熊・濱口的な視角を架橋する研究の1つ
      • 今井は制度志向的な説明、吉田は組織志向的な説明、という違いはあるが

論点1:測定と説明


【本書の議論】

  1. 社会学の不平等研究が行ってきた作業には、測定説明がある (pp. 12-14)
  • 測定:不平等の有無や程度を、何らかの数値に基づいて判断する
    • 「他の条件をすべて考慮しても、女性の賃金は、男性より平均的に10%低い」
  • 説明:観察された不平等がどのように生じたかを明らかにする
    • 「男性と比較して、女性は出産後に正規雇用就業を継続しづらく、賃金が低くなる」
  1. 労働市場に参入する個人の視点に立つオーソドックスな不平等研究は、不平等の測定を精緻化させてきた一方で、その説明は不十分なままだった。
  2. 本書は組織の計量分析を通じて、従来の研究が測定してきた不平等が、いかにして生じているかを説明する。

筒井先生からのコメント


  1. 個人側でも、組織側でも、不平等な関連を測定し、その関連を説明するのは同じでは?
  2. であるならば、ここでの主張は、「測定だけでなく説明も」ではなく、「個人側からの説明だけでなく、組織側からの説明も」の方がよいのでは?
    • 吉田なりの言い換え:「測定だけでなく説明も」「個人側だけでなく組織側も」と二段階の展開になっているが、両者は同じことを主張しているのでは?だとすると、測定/説明という概念は冗長ゆえ不要では?

社会科学の実証研究一般における観察と解釈


  • いわゆる社会科学における経験的研究の(ほぼ)すべては、観察解釈をセットで行う

社会科学の実証研究一般における観察と解釈


  • いわゆる社会科学における経験的研究の(ほぼ)すべては、観察解釈をセットで行う

社会科学の実証研究一般における観察と解釈


  • いわゆる社会科学における経験的研究の(ほぼ)すべては、観察解釈をセットで行う


  • 本書の議論は、こうしたレベルの話を意図したものではなかったが、
  • 測定/説明というワーディングは、(ごく自然に)この話を想起させる
    • 測定/説明という表現を使わずに、議論を展開すべきだったかもしれない

何が言いたかったのか?

  • こと機会の不平等を対象とする実証研究では、個人単位のデータによってのみ、不平等を測定可能
    • 機会の不平等の定義上そう言える(pp. 11-12)
  • その際、測定された不平等の原因の1つである組織のふるまいは、経験的観察を伴わず、もっぱら結果の解釈として議論されてきた(pp. 14-16)

何が言いたかったのか?

  • こと機会の不平等を対象とする実証研究では、個人単位のデータによってのみ、不平等を測定可能
    • 機会の不平等の定義上そう言える(pp. 11-12)
  • その際、測定された不平等の原因の1つである組織のふるまいは、経験的観察と伴わず、もっぱら結果の解釈として議論されてきた(pp. 14-16)

  • 本書は、ここを新たな経験的観察で埋めようと試みた
  • オーソドックスな不平等研究が、解釈に丸投げしてきた組織のふるまいを、経験的な観察で可能な限り補うべき、という主張の方が、ストレートに意図が伝わったかも
    • あとがきでも表明したスタンス

結局「組織側を見るべき」ということ?


  1. 地位としての組織
    • Organization as a Status
  2. としての組織
    • Organization as a Workplace
  3. 主体としての組織
    • Organization as an Actor
  • この本では、「組織のふるまい」から不平等を説明するという点で、3の視角から組織を見ている

論点2:個人要因と組織要因の関係のしかた


  • サブ論点1:労働市場における組織と個人の関係、不平等への帰結


  • 組織が「先攻」として、ゲームのルールを設定する
  • ルールを所与として、「後攻」の個人がゲームに対応する
    • ゲームで利用できる資源の多寡や、利用の巧拙には個人差があり、それは部分的に個人・家族側の要素に規定される = 機会の不平等

    個人は一定の準備期間を経て雇用されるわけなので、個人にとってみれば雇用の条件をある程度理解してそれに向けた準備をする猶予がある

ゲームのルールはどこまで所与か?

  • こうした図式には私も同意
  • 一方で、組織が設定するゲームのルールは、ここで想定されているほどには、個人が「正しく」理解しているわけではないかもしれない
    • アメリカにおける近年のエリート研究
      • Rivera (2015) :採用面接で(暗に)問われるエリート階級文化へのfitと、その認識における出身階級差
      • Chin (2020) :米国のアジア系2世を、上位大学進学やエリート企業入職まで助けてきた playbook が、ミドルマネージャー以降は逆機能的に働く
    • 本書における発見事実の意外性:「真面目な」就活生の落とし穴(p. 193)
  • 図式としては個人要素からの議論が優勢になりやすいのだが、実際には、組織によるゲームのルールを認識できない(Rivera)、あるいは誤解する(Chin)ことがあり、そこにもまた個人属性間の不平等がある
    • なので、組織を経由して、個人要素によって不平等を説明することが重要、という主張は依然成り立つかもしれない

論点2:個人要因と組織要因の関係のしかた


  • サブ論点2:属性要因(直接的差別)から業績要因(間接的差別)への変換度
  • サブ論点3:「根源的な組織特性」との距離


  • どちらも、本書が別個に扱ってきたジェンダー、学校歴、障害の有無を、統一的な説明図式に位置づける方途の提案と理解
    • 業績要因に近づくほど(学校歴)、企業は「透明に」なり、責を問われにくく
  • 不平等生成のメカニズムだけでなく、その是正に向けた介入まで見据えた図式
    • 外付けの要素(WLB)は是正も現実的だが、根源に近いほど(訓練可能性)介入困難
      • 企業が「良い」人材を採ろうとすること自体は否定できない(憲法22, 29条)
  • 特にサブ論点3は、「日本的」特徴を考えるうえでも重要な視点

論点3:大企業正社員の世界


  • 本書の対象は、「正規の世界」(神林 2017) よりさらに限定的な「大企業正社員の世界
    • エリート研究の分析戦略との近さ(p.21)
  • 単に扱う範囲の狭さだけでなく、本書が明らかにした不平等のメカニズムが、どの程度「大企業正社員の世界」に固有かによって、この限定はさらに重要に
    • 例)統計的差別の程度と様態。何に基づく統計的差別か?


  • 現在、賃金構造基本統計調査を用いて、「大企業正社員の世界」の外側、中小企業の世界や、非正規の世界における、不平等生成のメカニズムを組織の視点から明らかにする研究に着手しはじめたところ

文献

Breen, Richard, and John H. Goldthorpe. 1997. EXPLAINING EDUCATIONAL DIFFERENTIALS: TOWARDS A FORMAL RATIONAL ACTION THEORY.” Rationality and Society 9 (3): 275–305. https://doi.org/10.1177/104346397009003002.
Chin, Margaret May. 2020. Stuck: Why Asian Americans Don’t Reach the Top of the Corporate Ladder. New York: New York University Press.
Rivera, Lauren A. 2015. Pedigree: How Elite Students Get Elite Jobs. Princeton: Princeton University Press.
Stainback, Kevin, Donald Tomaskovic-Devey, and Sheryl Skaggs. 2010. “Organizational Approaches to Inequality: Inertia, Relative Power, and Environments.” Annual Review of Sociology 36 (1): 225–47. https://doi.org/10.1146/annurev-soc-070308-120014.
今井順. 2021. 雇用関係と社会的不平等: 産業的シティズンシップ形成・展開としての構造変動. 有斐閣.
原純輔, and 盛山和夫. 1999. 社会階層: 豊かさの中の不平等. 東京大学出版会.
有田伸. 2016. 就業機会と報酬格差の社会学: 非正規雇用・社会階層の日韓比較. 東京大学出版会.
神林龍. 2017. 正規の世界・非正規の世界現代日本労働経済学の基本問題. Tōkyō-to Minato-ku: 慶應義塾大学出版会.