不平等研究に対する
組織的アプローチの意義

吉田航

国立社会保障・人口問題研究所

2025-03-14

これまでの研究

組織からみた新卒採用における不平等

• 企業パネルデータを用いた新卒採用の分析
  • 「どのような企業が、どんな状況において、いかなる採用を行っているか」
  • 女性採用をメインに、学校歴や障害者雇用も扱う

• この3月に博論本を刊行
  • 数理社会学会でのコメントも多く反映

これまでの研究に対する反応

• 階層・不平等研究者から、研究枠組みは好意的に見ていただけることが多かった
  • 「組織に着目することは重要だよね」
  • 「この知見は興味深いね」

これまでの研究に対する反応（の裏側？）

• しかし、階層・不平等研究において、組織をみる意義をうまく伝えられている気はまったくしていない
  • 「組織に着目することは重要だよね」
    • 「私はやらないけど」
  • 「この知見は興味深いね」
    • 「私の研究には関係ないけど」

• 自身（の研究）の拙さと力不足が最大の要因であることは認めつつ…

不平等研究の「組織不足」？

くり返される指摘

• 実は英語圏でもこの状況はあまり変わっていない

• Baron and Bielby (1980) がこうした指摘の嚆矢として言及されることが多いが、

  This discussion inspires a research agenda focusing on firms as a missing link in contemporary structural stratification research. (Baron and Bielby 1980, 738)

• Tilly (1998) や Reskin (2003) も同様の主張を展開しており、
• 数十年経っても同じような枕詞がまだ機能している(Amis et al. 2018; Amis, Mair, and Munir 2020; Bills, Di Stasio, and Gërxhani 2017; Tomaskovic-Devey and Avent-Holt 2019)

くり返される指摘（つづき）

Despite the clear importance of the demand side of labor markets, however, sociologists’ understanding of employer hiring behavior has been piecemeal relative to our understanding of the characteristics of job seekers and job incumbents. (Bills, Di Stasio, and Gërxhani 2017, 292)

First, almost all prior work has ignored the actual social spaces in which income, respect, and other rewards are generated and distributed – organizations, firms, and workplaces. (Tomaskovic-Devey and Avent-Holt 2019, 1)

• クリシェとして使われ続けているのかもしれないが
  • データへのアクセスの難しさはこの20年で解消されつつあり(Stainback, Tomaskovic-Devey, and Skaggs 2010)
  • 労働需要側の研究は増えてきたことを認めたうえで、そのメカニズムが問われていない、という批判へのシフト(Rivera 2020)

伝え方の問題？

• オーソドックスな階層・不平等研究の側でも、組織をみる重要性は十分認識されているはず

• だとすると、「不平等研究の組織不足」が今でも通用する背景には、「不平等と組織」研究（者）の伝え方の問題もあるのでは
  • たとえば、かつては有効な批判だった「階層研究の女性不在」(Acker 1973)が、現在は（単体では）通用しなくなっていることと対照的
  • 「不平等と組織」研究者による「機会の占有」？ (Tilly 1998)

これまでの伝え方

• 「なぜ」組織をみるのか
  • 不平等を生み出すメカニズムを解明する意義 (Jackson, Goldthorpe, and Mills 2005; Reskin 2003; Tilly 1998)
  • メカニズムにもとづく分類
    • 搾取／機会の占有 (Tilly 1998) + クレイムズメイキング (Tomaskovic-Devey and Avent-Holt 2019)
    • 慣性／相対的権力／組織の環境 (Stainback, Tomaskovic-Devey, and Skaggs 2010)
• 「どの理論で」組織をみるのか
  • 7つの理論的説明 (Bills 2003)
  • 人的資本／社会関係資本／文化資本 (Bills, Di Stasio, and Gërxhani 2017)
• 「どの場面で」組織をみるのか
  • 採用、役割割当、昇進、補償、構造化 (Amis, Mair, and Munir 2020)

組織の位置づけを整理する

• 不平等研究に対して「組織をみるべき」という主張がなされるとき、組織をどのように位置づけるかはしばしば語られない
• 結果として、研究によって複数の見方が存在し、それらがすべて「組織を見るべき」というメッセージの下にくくられている

• 不平等研究に組織をどう位置づけるかという分析視角の水準で、「不平等と組織」研究を整理
  • 不平等研究に組織を組み込む際のギャップを多少なりとも埋めたい
• データの種類やアクセスといったテクニカルな問題は扱わない
  • 『新卒採用と不平等の社会学』第3章第2節で議論

組織の位置づけ方

3種類の位置づけ

1. 地位としての組織
   • Organization as a Status
2. 場としての組織
   • Organization as a Workplace
3. 主体としての組織
   • Organization as an Actor

1. 地位としての組織

• 個人の報酬を規定する階層・階級
  • 伝統的には職業で測られてきた (Erikson and Goldthorpe 1992; Weeden and Grusky 2005)
• これに組織を組み込むという視角
  • 「どの企業で働いているか」が個人の報酬を規定する

研究例

• 階層・階級指標への組み込み
  • SSM総合8分類における大企業／中小企業 (原 and 盛山 1999)
• 国際比較に基づく、地位としての組織の重要性
  • 日本社会における企業規模の効果 (有田 2016)
    • 「企業別シティズンシップ」も背景に (今井 2021)

• 「大企業での（正社員）雇用」を規定する要因
  • ex.) 高卒就職における実績関係　(苅谷 1991)
  • ex.) 大卒就職における学校歴　(平沢 2010)

「1. 地位としての組織」の意義と限界

• 組織に着目する意義を提供
  • とくに日本において組織をみる意義 (有田 2016)

• ただし、ここで扱われているのは、あくまで「個人属性」としての組織
  • 職業や雇用形態の等価物
  • 結果として、不平等を生成・維持するメカニズムへの接近 (Tilly 1998; Reskin 2003) に、この視角からたどり着くのは難しい
• 多くの場合、組織は企業規模に還元
  • 個人を対象とする調査の限界

2. 場としての組織

• 不平等が生成・維持される場所としての組織に着目する

• Relational Inequality Theory (RIT) もこの立場
  • 組織（organizations）と職場（workplaces）を互換的に使用

  We focus primarily on organizations (which we use interchangeably with the term workplaces) because they are the social spaces in which most of the production and distribution of income and other employment-linked resources take place. (Tomaskovic-Devey and Avent-Holt 2019, 2)

• 「不平等と組織」研究における現在のメインストリーム

研究例(1) 職場による報酬の規定

• 多くの国で、職業よりも事業所が賃金を説明 (Avent-Holt et al. 2020)

• 職場間の賃金不平等は拡大 (Tomaskovic-Devey et al. 2020)
  • 高賃金職が高賃金の職場に集積する傾向が強まる (Godechot et al. 2024; Wilmers and Aeppli 2021)
• 男女間賃金格差に対する企業内／企業間分解 (Hara 2018; Penner et al. 2023)

研究例(1) 職場による報酬の規定（つづき）

• 報酬への影響に着目する点で、「地位としての組織」研究とも近い

• ただし以下の点で異なる
  • 組織は個人属性ではなく、個人に影響する場（構造）としての位置づけ
  • Employer-employee data の活用
    • 個人だけでなく組織単位でも調査・集計されたデータ
      • 賃金構造基本統計調査、JILPT各種調査
    • 組織は企業規模のみに還元されず、その他の様々な情報のもとで理解

研究例(2) 職場における従業員どうしの関係

• 職場の従業員構成が与える影響
  • 同類再生産 (Kanter 1977; Rivera 2012)
    • 男性優位な職場におけるtokenとしての女性 (Kanter 1977)
    • 「ガラスのエスカレーター」 (C. L. Williams 1992)

• 上司-部下関係
  • 人事や管理職による昇進評価 (Fernandez-Lozano et al. 2020; Sarabi and Lehmann 2024)
    • に隠れた男女・人種差別 (Emilio J. Castilla 2008; Emilio J. Castilla and Benard 2010; Emilio J. Castilla 2015; Correll et al. 2020)
  • 女性管理職は「変化の担い手」か「機械の歯車か」？ (Maume 2011; Srivastava and Sherman 2015; van Hek and van der Lippe 2023; 吉田 2022)

研究例(3) 職場の施策・慣行・規範の影響

• 職場の施策・慣行がもつ慣性 (Stainback, Tomaskovic-Devey, and Skaggs 2010)
  • 人事施策の形式主義化による不平等の抑制
    • 一貫しない結果 (Dobbin and Kalev 2021, 2022; Kalev, Dobbin, and Kelly 2006)
    • 特定の平等化施策には社内からの抵抗 (Dobbin, Schrage, and Kalev 2015; Mun and Jung 2018a)

• 職場における理想的労働者規範 (J. Williams 2001)
  • ワークファミリー施策や柔軟性施策の利用を抑制 (Brinton and Oh 2019; Thébaud and Pedulla 2022; J. C. Williams, Blair-Loy, and Berdahl 2013)

「2. 場としての組織」の意義と限界

• とくに(2)(3)は、従業員の意識や行動に対する職場の影響を実証する点で、不平等が生成されるメカニズムに接近
  • (2)はよりミクロ的、(3)はメゾ的なアプローチ
    • (2)と(3)の関連 (Fuwa 2021; Thébaud and Pedulla 2022)

• 一方で、組織を「場」として位置づけることで、そうした場の特性は、基本的に所与とみなされることが多い
  • 職場間の異質性は強調されているが (Tomaskovic-Devey and Avent-Holt 2019)
• 職場自体が変わるダイナミズムを捉える視角も必要

3. 主体としての組織

• 意思決定の主体としての組織に着目する
  • 「組織のふるまい」を不平等研究に組み込む

• 環境に対する組織の反応も考慮できる

  One area of the organizational inequality literature examines the variety of ways in which organizations interact with their external environments. Some of these lines of research focus on the role of relationships among organizations to one another, clients, the public, law, and regulatory agencies, as well as more diffuse normative pressures for change. (Stainback, Tomaskovic-Devey, and Skaggs 2010, 236)

研究例

• 環境に対する組織の反応が不平等に与える影響
  • 雇用訴訟 (Skaggs 2008, 2009; C. E. Hirsh 2009; E. Hirsh and Cha 2018)
  • 法制度の制定・改正 (Edelman 1992; Dobbin 2009; Mun 2016; Mun and Jung 2018b)

• 組織固有の論理が生み出す不平等
  • Weisshaar, Chavez, and Hutt (2024) における「ダイバーシティのコモディティ化」
    • 白人男性・黒人男性・黒人女性よりも、白人女性の通過率がもっとも高いという audit study の結果＠ソフトウェアエンジニアリング業界
    • 多様性推進という旗印のもとで、マイノリティ属性が画一化された結果、組織の多様性アピールに”貢献”する白人女性を評価する、という論理

Employer vs. Organization as an Actor

• 「雇用主（employer）に着目すべき」という主張と重なる
  • ように見える

• しかし、米国研究の employer で想定されているのは、しばしば採用担当者個人 (Pager and Karafin 2009; Rivera 2020)

Personnel decisions are, at their core, interpersonal evaluations. (…) Below, I discuss two important but less-discussed aspects of employers that influence decision making—their emotions and identities—before turning to their evaluative contexts. (Rivera 2020, 222–23)

日本企業における重要性

• 人事決定に関する日米企業間の差 (平野 2006; 一守 2016; Jacoby 2005)
  • ライン管理職個人に大きな採用権限が付与されている米国企業
    • 採用担当者個人の決定　≒　組織の決定
  • 本社人事部がチームとして採用判断を行う日本企業
    • 採用担当者個人の決定　？　組織の決定

• とくに日本企業において主体としての組織に着目する意義を示唆
  • 人事部管理職の認識にも表れる複層性 (園田 2023, chap. 2)

「3. 主体としての組織」の意義と限界

• 個人の報酬を規定する「地位」「場」が変化するメカニズムを観察できる

• 組織理論との接合可能性

  • 新制度派組織論との／にとどまらない接合 (Grothe-Hammer and Kohl 2020)

• 一方で、組織のふるまいが、不平等にどの程度のインパクトをもたらすかを評価することは難しい
  • 反実仮想にもとづくシミュレーション？
  • 組織の「重さ」を踏まえた分析

今後の展開

「組織的アプローチ」をさらに進めるために

• 「組織に着目することは重要だよね」
  • 「私はやらないけど」
    • 不平等研究に組織をどのように位置づけるかを整理
      • 「なぜ組織を見るか」ではなく「どう組織を見るか」からギャップを埋める
      • 「やり方がわからないからやらない」への1つの回答

• 「この知見は興味深いね」
  • 「私の研究には関係ないけど」
    • こちらは今後の課題
      • とくに「3. 主体としての組織」研究から示された効果を、従来の地位達成モデルにどう位置づけるか

謝辞

• 本発表はJSPS科研費 JP22K20208, JP24K16528 ならびに東京大学社会科学研究所グループ共同研究「マイノリティの雇用と不平等に関する研究会」の研究成果である。

文献

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